SaaS企業の決算説明資料に載るARR・解約率・顧客数の定義の比較と財務諸表との対応

SaaS企業の決算説明資料には、ARR、解約率、顧客数、ARPUがほぼ必ず載っています。ただ、同じ名前の指標でも、何月の数字を何倍して年額にするか、解約率の分母を売上にするか件数にするかは、会社ごとに違います。この記事では、国内上場のSaaS企業5社の決算説明資料と有価証券報告書(以下「有報」)から各社の定義を書き写して比べ、KPIが財務諸表のどこにつながるかと、有報で経営指標として書くときに開示府令が求める事項を整理します。
01比較した5社と資料
POINT比較したのは、Sansan、フリー、HENNGE、kubell、ラクスの5社。各社の直近の決算説明資料と有報の注記に書かれた定義を、そのまま要約した。
対象は、東京証券取引所に上場し、継続課金のサービスを主力とする5社です。マネーフォワードとサイボウズも候補にしましたが、今回の調べでは直近の決算説明資料の定義の頁を開けなかったため外しました。決算期が5社でばらばらなので、資料の時期はそろっていません。
| 会社 | 決算期 | 直近通期の売上高 | 使った資料 |
|---|---|---|---|
| Sansan | 5月 | 53,761百万円(2026年5月期) | 2026年5月期 第2四半期 決算説明資料(2026年1月14日)、2026年5月期 有報(2026年8月19日提出) |
| フリー | 6月 | 42,441百万円(2026年6月期) | 2026年6月期 決算説明資料(2026年8月13日)、2026年6月期 有報(2026年9月28日提出) |
| HENNGE | 9月 | 10,923百万円(2025年9月期) | 2025年9月期 有報(2025年12月24日提出) |
| kubell | 12月 | 9,529百万円(2025年12月期) | 2026年12月期 第2四半期 決算説明資料(2026年8月14日)、2025年12月期 有報(2026年3月23日提出) |
| ラクス | 3月 | 60,286百万円(2026年3月期) | 2027年3月期 第1四半期 決算説明資料(2026年8月14日) |
売上高は、IRAI(EDINETの有報XBRLデータ)で取得した連結の開示値。百万円未満を切り捨てて表示しています。kubellはビジネスチャット「Chatwork」の運営会社です。
この記事では、各社のKPIの数値の大小は比べません。比べるのは、資料の注記に書かれた算式・基準日・分母・単位の4点です。
02ARRの算定基準月と年換算の倍率
POINTARRの算式は「期末月のMRR×12」と「四半期の売上高×4」に分かれる。年換算のもとにする期間が1か月か3か月かで、期中に増えた契約の表れ方が変わる。
フリーの決算説明資料は、サブスクリプションARRを各期末月のMRRを12倍した指標とし、MRRを対象月の月末時点における継続課金ユーザー企業に係る月額料金の合計と定義しています。従量型・手数料型の売上は、期末月の売上高を12倍したトランザクションARRとして別に示し、両者を合わせたプラットフォームARRには一時収益を含めていません。HENNGEは有報の「事業の内容」の注記で、期末ARR=期末月のMRR×12という算式を示しています。ラクスの説明資料も、ARRを各期末時点のMRR×12としています。
kubellは、2025年12月期の有報でChatworkのARRを各四半期のChatwork売上高×4と注記しています。2026年12月期第2四半期の説明資料では、SaaSドメインとBPaaSドメインのARRを、それぞれ当四半期のストック売上高×4としています。Sansanの第2四半期の説明資料は、ARRを「Annual Recurring Revenue(年間固定収入)」と注記し、「Bill One」のARRを2025年11月末時点の値として示しています。
投資家の側では、期末月×12のARRを期末時点の契約の残高として読みます。期末の直前に始まった契約もその月の分がそのまま12倍されるため、期末月に大口の契約が始まると、ARRの伸びは同じ期の売上高の伸びより先に表れます。四半期×4のARRは直近3か月の売上高をもとにするので、期中の増減がならされた数字になります。
03解約率の分母と期間、顧客数と単価の単位
POINT解約率は、売上(MRR・ARR・契約金額)を分母にする会社と、件数・ID数を分母にする会社に分かれる。期間はいずれも直近12か月の月次の平均。顧客数は社数・契約数・ID数と単位が違う。
Sansanは「Sansan」「Bill One」の解約率を、既存契約のMRRに占める、解約に伴い減少したMRRの割合と定義し、直近12か月平均の月次で示しています。フリーの12ヶ月平均解約率は、当月に有料課金ユーザーでなくなったユーザーに関連するARRを前月末ARRで割った月次解約率の過去12か月平均です。HENNGEは、既存の契約金額に占めるサービス解約等に伴い減少した契約金額の割合をグロスレベニューチャーンレートと呼び、原則年間契約のHENNGE Oneについて月次ベースで記載しています。
kubellの説明資料は、解約率を登録ID数に対する解約率の過去12か月平均としています。ラクスは、件数ベースとMRRベースの両方の月次解約率(直近12か月平均)を載せ、あわせて四半期の解約数合計を直前四半期末のアクティブユーザーで割った四半期解約率も示しています。
顧客数と単価も、数える単位が会社ごとに違います。定義を並べると次のとおりです。
| 会社 | ARRの算式 | 顧客数の単位 | 単価(ARPU等) |
|---|---|---|---|
| Sansan | 年間固定収入(「Bill One」は2025年11月末時点) | 契約件数(「Bill One」は有料契約件数) | 契約当たり月次ストック売上高 |
| フリー | 期末月のMRR×12(一時収益を含まない) | 有料課金ユーザー企業数(法人と個人事業主の双方) | 期末の合計ARR÷有料課金ユーザー企業数 |
| HENNGE | 期末月のMRR×12 | 契約企業数、契約ユーザ数 | 契約ユーザあたりの年額単価 |
| kubell | 四半期の売上高(ストック売上高)×4 | 課金ID数、導入社数(無料プランの利用先を含む) | Chatwork利用料の課金IDあたりの平均単価 |
| ラクス | 各期末時点のMRR×12 | アクティブ顧客(課金中の顧客数) | サービス別の月額平均単価 |
各社の決算説明資料と有報の注記の記載を要約。解約率は本文とFIG.2を参照してください。
売上ベースの解約率は、残った顧客の単価の上昇で打ち消される分を含みません。件数ベースの解約率は、小口の契約が多く解約されると大きく出ます。他社と並べる前に、分母がどちらかを注記で確かめます。
顧客数に無料プランや個人事業主を含めるかは、会社が決めることです。含めるなら、kubellやフリーのように注記で範囲を書いておくと、読み手が単価を計算し直すときに迷いません。

決算説明資料のKPIの定義をIR支援室が整理します
KPIの算式・基準日・分母を定義書にまとめ、説明資料の注記と有報の記載をそろえます。支援メニューを見る →04KPIと財務諸表の対応
POINTARR・MRRは期末の契約を年換算した管理上の数値で、会計基準に定義はない。財務諸表で対応するのは、売上高、収益の分解情報、セグメント情報、契約負債(前受金)とその注記。
売上高は企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」に従って計上し、Sansanの注記も、前受金をサービス提供時点またはサービス提供期間にわたり売上高に振り替えると書いています。ARRやMRRはこの基準が定める数値ではなく、期末時点の契約を年額に換算した数字なので、その期の売上高とは一致しません。Sansanの説明資料は、MRRをもとに作成したグラフに「未監査」と注記しています。
Sansanの2026年5月期の有報では、収益認識関係の注記で売上高を取引形態別に分解し、「Sansan(ストック)」を29,139百万円と示しています。同じ注記は、顧客から契約期間分の料金を一括で受領すること等による前受金を契約負債とし、その期末残高を21,489百万円(期首17,469百万円)としています。残存履行義務に配分した取引価格は973百万円で、当初に予想される契約期間が1年以内の契約は実務上の便法により含めていません。年払いの契約が多い会社ほど、ARRの増加は前受金の増加として貸借対照表にも表れます。
セグメント情報との対応は、会社によって違います。Sansanは「Sansan/Bill One事業」と「Eight事業」を報告セグメントとし、有報の経営成績の分析でセグメントごとにKPIを並べています。フリーとkubellはプラットフォーム事業の単一セグメント、HENNGEも単一セグメントで、HENNGEは売上区分を「HENNGE One事業」と「プロフェッショナル・サービス及びその他事業」に分けています。単一セグメントの会社では、KPIを内訳ごとに示す場所は説明資料と有報の第2「事業の状況」になります。
ARRと売上高の伸びが離れているときは、期末に向けた契約の増加か、価格改定か、従量課金の変動かを確かめます。年払いの多い会社では、前受金の残高の増減もあわせて見ます。
ARRを売上高と並べて載せるときは、ARRが会計上の数値ではないことと算式を注記に書きます。収益の分解情報の区分とKPIの区分を合わせておくと、短信・有報との照合もしやすくなります。
05有価証券報告書で経営指標として記載する場合の扱い
POINT開示府令は、経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等がある場合に、その内容の記載を求める。金融庁の原則は、算出方法とその指標を使う理由の説明、MD&Aでの関連付けを挙げている。
有報の第2「事業の状況」の「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」は、企業内容等の開示に関する内閣府令(以下「開示府令」)第三号様式記載上の注意(10)により、第二号様式記載上の注意(30)に準じて書きます。(30)aは、経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等がある場合にはその内容を記載することを求めています。「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」(MD&A)は、第三号様式記載上の注意(12)により第二号様式記載上の注意(32)に準じます。
金融庁の「記述情報の開示に関する原則」(2019年3月19日)は、この指標等(KPI)にはROEなどの財務KPIのほか、契約率等の非財務KPIも含まれるとしています。KPIを設定している場合には、目標の達成度合いを測定する指標、算出方法、なぜその指標を利用するのかを説明することが考えられるとし、MD&AではKPIと関連付けた開示が望ましいとしています。
5社の有報では、HENNGEが経営方針の客観的な指標等にHENNGE One事業のLTVを挙げ、LTVをARR・平均契約年数・売上総利益率で、ARRを契約企業数・平均契約ユーザ数・ARPUで表す式を示しています。kubellは客観的な指標等に売上高とEBITDAを置き、MD&AにARRや課金ID数の推移表を算式の注記つきで載せています。会計基準に定義のないKPIを有報に書くときは、定義と算出方法を同じ書類の中に書いておくことになります。
KPIの定義書を作る
指標ごとに、算式、基準日(期末月か四半期か)、分子と分母、含めないもの(一時収益、無料プランなど)を1枚にまとめ、経理と経営企画で共有します。
説明資料と有報の注記を同じ文にそろえる
定義書の文を、決算説明資料のKPIの頁と有報の事業の内容・MD&Aの注記にそのまま使います。書類ごとに言い換えると、読み手は別の指標かどうかを確かめることになります。
定義を変える期の扱いを決める
算式やセグメントを変える場合は、変更した期の資料に変更の内容を書き、比較する前期の数値を新しい定義で示すかどうかを決めておきます。
—まとめ
5社の資料を並べると、ARRは期末月のMRR×12と四半期の売上高×4に分かれ、解約率は売上を分母にする会社と件数・ID数を分母にする会社に分かれていました。顧客数も、法人と個人事業主を合わせて数える会社、ID数で数える会社、無料プランの利用先を含めた導入社数を別に示す会社があります。ARRやARPUには会計基準の定義がないため、数値の意味は各社の注記で決まります。開示府令は客観的な指標等がある場合にその内容の記載を求めており、金融庁の原則は算出方法とその指標を使う理由の説明を挙げています。説明資料にKPIを載せる会社は、定義書を作って説明資料と有報の注記を同じ文にそろえ、収益の分解情報や契約負債の注記とどうつながるかを説明できるようにしておくと、投資家との面談でもKPIの意味から話す時間を短くできます。
執筆
石塚 康一公認会計士/株式会社プライムコンサルティング 代表取締役
監査法人のIPO部門と、証券会社の投資銀行部門(主幹事証券会社の公開引受部)を経て、株式会社プライムコンサルティング代表取締役。数十社の上場準備に携わり、開示書類の作成と会計論点の検討を受け持ってきました。IR支援室では、決算説明資料・ロードショーマテリアルの作成と、会計面の確認を担当しています。
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IR支援室は、決算説明資料のKPIの頁の構成から、KPIの定義書の作成、有価証券報告書の記載との照合までを支援します。初めてKPIを開示する会社の定義づくりもご相談ください。
相談を申し込む出典
- Sansan株式会社「2026年5月期 第2四半期 決算説明資料」2026年1月14日 https://ir.corp-sansan.com/ja/ir/news/auto_20260114533274/pdfFile.pdf
- Sansan株式会社「有価証券報告書(2026年5月期)」2026年8月19日提出(EDINET) https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/WZEK0040.aspx?S100YXFQ
- フリー株式会社「2026年6月期 決算説明資料」2026年8月13日 https://www2.jpx.co.jp/disc/44780/140120260813519664.pdf
- フリー株式会社「有価証券報告書(2026年6月期)」2026年9月28日提出(EDINET) https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/WZEK0040.aspx?S100Z4LO
- HENNGE株式会社「有価証券報告書(2025年9月期)」2025年12月24日提出(EDINET) https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/WZEK0040.aspx?S100XCC9
- 株式会社kubell「2026年12月期 第2四半期 決算説明資料」2026年8月14日 https://www2.jpx.co.jp/disc/44480/140120260814520629.pdf
- 株式会社kubell「有価証券報告書(2025年12月期)」2026年3月23日提出(EDINET) https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/WZEK0040.aspx?S100XSJP
- 株式会社ラクス「2027年3月期 第1四半期 決算説明資料」2026年8月14日 https://www2.jpx.co.jp/disc/39230/140120260814520241.pdf
- 株式会社ラクス「有価証券報告書(2026年3月期)」2026年6月25日提出(EDINET) https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/WZEK0040.aspx?S100YL65
- 企業内容等の開示に関する内閣府令 第三号様式(e-Gov法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/data/MinisterialOrdinance/348M50000040005/619716_1/pict/2JH00000240620.pdf
- 金融庁「「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」2019年1月31日(No.6) https://www.fsa.go.jp/news/30/sonota/20190131/01.pdf
- 金融庁「記述情報の開示に関する原則」2019年3月19日 https://www.fsa.go.jp/news/30/singi/20190319/01.pdf


